すき焼きの、最初の儀式は温めた鉄鍋に牛肉の脂身を染み付けることだが、この脂の塊を、用途を終えそのまますき焼きの中でグツグツと煮えたものを食べるのが子どもの頃大好きだった。
家ですき焼きをするたびに、兄と奪い合うようにして美味い美味いと食べたものだが、所詮それはアブラのカタマリだ。ある時、胸焼けして気分を悪くし、〇〇してしまった。
それから何年もの間「肉の脂」が嫌いになり、食べられない時期が続いた。
同じようなきっかけでマグロの刺身がダメになったり、王将の餃子を見る気もしなかったり、そんな紆余曲折があって大人になったが、いつの間にか記憶からの嫌悪が薄まり、それぞれを平気で食べられるようにはなった。
むしろどれも、もともとは好きで好きでしょうがなくて、馬鹿みたいに食べ過ぎて悪い結果を生じる、という対象だから時が経てば「やっぱり好き」とある程度には復活するもんだ、と思う。
だけれどもただ一つ、鶏肉の皮、それも揚げたり焼いたりしたものじゃなくて、柔らかく煮えたような状態のものだけは未だに量を食べられない。
ただ、「食べられないものありますか」と尋ねられてこれを説明するほど、嫌いという訳でもない。進んで食べようとは思わない、というレベルではあるが、なぜか子どもの頃からそのレベルは改善しない。
その嫌悪の源泉が、先述の「脂身」「マグロ」のような経験上のものでないのが不思議なのだが、世の中にはアレルギーなどではなく鶏肉が食べられない人はたくさんいる。得てしてそう言う人は、あの皮の、文字通りの「鳥肌」のテクスチャを受け入れられないという。
揚げたり焼いたりするとそのテクスチャも、押し付けられたり衣が着いたりして凹凸が失せる。しかし煮た場合には膨張し、凹凸が強調されることもあろう。
なるほど私もせいぜい「鶏肉嫌い」の端くれぐらいに、境界線にかするかかすらないかという程度に属しているんだろうな、とは思う。
2013年5月31日金曜日
2011年8月5日金曜日
病み上がり出勤2日目の午後、デスクの電話が鳴った。
先週末からの体調不良のおかげで山積している仕事を片付けつつ、本番間近の佳境に入ったイベントの業務連絡資料作成や問い合わせ対応を昼飯食うのも忘れて次々とこなしているとき、一本の電話がなった。
要件は記事に関するクレームをしかるべき窓口に伝えようと思ったが相手は要領を得ず、電話に出た担当者は名乗りもしないし責任者も不在といわれた、という愚痴と鬱憤をどうしても吐き出したい、その矛先が、紙面に露出している私のデスクの電話に向いただけのことであった。
まず第一声が高圧的に「こちらは○○区○○の×××某であるが君は誰かね」だったので嫌な予感はしたが、大体この手の愚痴聞き(我が社の「しかるべき窓口」の対応に関する指摘)はこちらも慣れたもんで、「名乗りもしないとは指導が届かず失礼を」などと陳謝することから、相手のガスを抜く事に徹する覚悟を決めた。
当該記事の内容にはじまり新聞記事の一過性ではない事の説明やら署名記事の意味合い説明を経て、孫の大学進学の経緯や別の孫への小遣いの受け渡し方法などを 披露いただく段になって、電話の相手をしながら手元で作成している外部への依頼文書がどうにも間に合わないことをあきらめかけた所で、70歳を迎えようという初老の男性が伝統工芸に携わっていることが一方的に告げられた。
それが版画であって「君、版画知ってるか?」と言われたので「バレン使うやつですわな」と返すと「そや、最近はバレンやバランゆうても通じひんで」「バランは寿司に入ってるやつですやんか」とボケツッコミにリズムが生じたときにはもう遅かった。
「オモロいな、ぜひ遊びにこい」「○○寺の門前に店出してる」「雑誌にも紹介された事あるから送ったるわ」と、苦情電話応対のストレスはどこへやら、何やらとっても楽しい方向に進んでしまい、しまいには「君はツイッター知ってるか?」とまで言われてしまった。
我が親父よりは年下ではあるが、70にもなるオッサンにそんな事言われるとは思わなかった衝撃を、相手は見越していたのであろう。「ビックリしたやろ」と逆に突っ込まれてしまい、「友達になってくれや」とネット上の関係構築を約束させられた。
再会を約束しつつ電話での対話は終了。仕事に一段落をつけ、まあ面白そうやし店でも覗いてみるか、と調べると、その男性、れっきとした伝統工芸師であり京都にも2人しか残らない「浮世絵摺師」の一人であるらしいことがわかった。ますます面白くなったが、ツイッターを探しても、フェイスブックを探しても、どこにもオッサンの姿は見当たらない。
さてどうしたものか。
要件は記事に関するクレームをしかるべき窓口に伝えようと思ったが相手は要領を得ず、電話に出た担当者は名乗りもしないし責任者も不在といわれた、という愚痴と鬱憤をどうしても吐き出したい、その矛先が、紙面に露出している私のデスクの電話に向いただけのことであった。
まず第一声が高圧的に「こちらは○○区○○の×××某であるが君は誰かね」だったので嫌な予感はしたが、大体この手の愚痴聞き(我が社の「しかるべき窓口」の対応に関する指摘)はこちらも慣れたもんで、「名乗りもしないとは指導が届かず失礼を」などと陳謝することから、相手のガスを抜く事に徹する覚悟を決めた。
当該記事の内容にはじまり新聞記事の一過性ではない事の説明やら署名記事の意味合い説明を経て、孫の大学進学の経緯や別の孫への小遣いの受け渡し方法などを 披露いただく段になって、電話の相手をしながら手元で作成している外部への依頼文書がどうにも間に合わないことをあきらめかけた所で、70歳を迎えようという初老の男性が伝統工芸に携わっていることが一方的に告げられた。
それが版画であって「君、版画知ってるか?」と言われたので「バレン使うやつですわな」と返すと「そや、最近はバレンやバランゆうても通じひんで」「バランは寿司に入ってるやつですやんか」とボケツッコミにリズムが生じたときにはもう遅かった。
「オモロいな、ぜひ遊びにこい」「○○寺の門前に店出してる」「雑誌にも紹介された事あるから送ったるわ」と、苦情電話応対のストレスはどこへやら、何やらとっても楽しい方向に進んでしまい、しまいには「君はツイッター知ってるか?」とまで言われてしまった。
我が親父よりは年下ではあるが、70にもなるオッサンにそんな事言われるとは思わなかった衝撃を、相手は見越していたのであろう。「ビックリしたやろ」と逆に突っ込まれてしまい、「友達になってくれや」とネット上の関係構築を約束させられた。
再会を約束しつつ電話での対話は終了。仕事に一段落をつけ、まあ面白そうやし店でも覗いてみるか、と調べると、その男性、れっきとした伝統工芸師であり京都にも2人しか残らない「浮世絵摺師」の一人であるらしいことがわかった。ますます面白くなったが、ツイッターを探しても、フェイスブックを探しても、どこにもオッサンの姿は見当たらない。
さてどうしたものか。
2011年5月15日日曜日
「日本画」ならではの楽しみが、歴然とある。
京都を中心として発展してきた焼物や染物などの工芸の分野において、その創作過程には、日本人の自然観などを写す表現法が取り入れられてきた。また、「日本画」が時代とともに移り変わってきたのと同様に、工芸の分野でも、その時代ごとに新たな表現方法を求める動きがあった。
破壊や淘汰から新たな創造、また継承。その繰り返しによって、現代の美術や工芸作品は生まれたものだ。そして日本では、いつの時代にも「日本画」が、それら表現活動全般の、もっともプリミティブな位相で、時代を飲み込み、消化してきた。
ここで消化された事象がまた、次の時代や違う分野の表現活動の発展に寄与していくのだろう。
昨今耳にすることの多い「日本画とは何か」ということへの戸惑いは、著名な日本画家の口からも発せられている。実際に「日本画」の展覧会場でも、来場者が作品を前に首をかしげたり、「これも日本画なの?」と質問される場面が見られる。
それはそれぞれが思う「日本画とは」を期待して来場した愛好家に限らず、「日本画を学んだ」、「日本画を教える」あるいは「日本画家と呼ばれる」作家の中にも同じように存在する戸惑いだろうと思う。
いろいろな戸惑いを包含するこの世界では、その時代や人それぞれの戸惑いを表現することもまた一つの方法であり、その表現にはいろいろな方法があるということを、総体として知らしめることがまた「日本画」の役割の一つかもしれない。
それは、美術や絵画といった大きな時空間の中ではなかなか発見できず、そこに「日本画」という枠組み=フィルターをあえて設けることで初めて浮かび上がってくる、「日本画」でなければ得られない楽しみの一つなのだ。
破壊や淘汰から新たな創造、また継承。その繰り返しによって、現代の美術や工芸作品は生まれたものだ。そして日本では、いつの時代にも「日本画」が、それら表現活動全般の、もっともプリミティブな位相で、時代を飲み込み、消化してきた。
ここで消化された事象がまた、次の時代や違う分野の表現活動の発展に寄与していくのだろう。
昨今耳にすることの多い「日本画とは何か」ということへの戸惑いは、著名な日本画家の口からも発せられている。実際に「日本画」の展覧会場でも、来場者が作品を前に首をかしげたり、「これも日本画なの?」と質問される場面が見られる。
それはそれぞれが思う「日本画とは」を期待して来場した愛好家に限らず、「日本画を学んだ」、「日本画を教える」あるいは「日本画家と呼ばれる」作家の中にも同じように存在する戸惑いだろうと思う。
いろいろな戸惑いを包含するこの世界では、その時代や人それぞれの戸惑いを表現することもまた一つの方法であり、その表現にはいろいろな方法があるということを、総体として知らしめることがまた「日本画」の役割の一つかもしれない。
それは、美術や絵画といった大きな時空間の中ではなかなか発見できず、そこに「日本画」という枠組み=フィルターをあえて設けることで初めて浮かび上がってくる、「日本画」でなければ得られない楽しみの一つなのだ。
2011年1月6日木曜日
夜明けの珍ベーシスト、逝く。
私が唯一持っているベースギターは、フレットレスである。
彼が独学で習得した、と言われるミック・カーンの奏法は、
さすがに誰もまねのできないものであったのだろうか。
あるいはまねをしようと志す、その意の及ばぬほどの高みに、
彼の関わる音楽、楽曲すべてを含め、位置していたのだろうか。
ミックのベースありきのバンド、またアルバム、一つ一つの楽曲。
そこにあふれた異様かつ痛快なベースラインと、
ベースラインそのものに現れた奏者の全身を行き渡る恍惚が、
一つのジャンルをも構成できるほどの空気の塊を作り上げた。
一方で、誰でも良いのにたまたま知り合いのベーシストがミックだった、
というような、安易なバンド編成から生まれる楽曲からは、
彼の世界観を微塵も感じ取ることができず、落胆したものだ。
かの病が意外と身近な所にあることに、
この歳くらいになると気づくものだが、
得てして何の罪もなく、逆に孤高の存在であるような所にも、
同じようにそれは存在するものだと、何度も思う。
ただ、そうして消えて行く一つ一つの記憶それぞれに、
消え行くときにこそ差す、一筋の光明のようなものがある。
当たり前のようにそこにあるものは、
いつも同じ場所にいるのに誰の目にも見えない。
なくなって初めて、誰もがその存在の大きさに気付くものだ。
彼が独学で習得した、と言われるミック・カーンの奏法は、
さすがに誰もまねのできないものであったのだろうか。
あるいはまねをしようと志す、その意の及ばぬほどの高みに、
彼の関わる音楽、楽曲すべてを含め、位置していたのだろうか。
ミックのベースありきのバンド、またアルバム、一つ一つの楽曲。
そこにあふれた異様かつ痛快なベースラインと、
ベースラインそのものに現れた奏者の全身を行き渡る恍惚が、
一つのジャンルをも構成できるほどの空気の塊を作り上げた。
一方で、誰でも良いのにたまたま知り合いのベーシストがミックだった、
というような、安易なバンド編成から生まれる楽曲からは、
彼の世界観を微塵も感じ取ることができず、落胆したものだ。
かの病が意外と身近な所にあることに、
この歳くらいになると気づくものだが、
得てして何の罪もなく、逆に孤高の存在であるような所にも、
同じようにそれは存在するものだと、何度も思う。
ただ、そうして消えて行く一つ一つの記憶それぞれに、
消え行くときにこそ差す、一筋の光明のようなものがある。
当たり前のようにそこにあるものは、
いつも同じ場所にいるのに誰の目にも見えない。
なくなって初めて、誰もがその存在の大きさに気付くものだ。
2010年10月5日火曜日

こんな感じでイギリスから中国経由、イタリアンブランドの自転車がニッポンにやってきましたよ。
届けてくれたのはクロネコさんでした。「営業所に入ってきた所で箱に穴をあけてしまいました」と正直におっしゃって。
FRAGILE のFと Rの上あたりにエゲツナイ裂け目が堂々と。
中身には特に影響してなかったのでまあいいか、と。

こんな箱にどうやって?とも思いましたが、
なるほど、そうですよねえ。
入っちゃいますよねえ。
でもどの程度の組み立てが必要か、まだこの時点で分かっちゃいない。
中身を出してみた。あ、めんどくさそうな所は組み上がってるのね。
で、このホイール、KHAMSINが正解なのに、どういう加減かKHAMSIANて間違えてる。
本国チェックを経てないってことか?
ホイールのリムの文字は大丈夫か?
いや、このバイクいったい何処製なんだ?
妙に安いのは偽物だからか?
一つのミスからいろんな思いが巡る。

で、とりあえず組み上げました。
届いてから4日後のことでした。
サドルがうつむいてますね。
各所の調整は後日ということで。
まだペダルも発注できてないしね。
エース到着から数日後、ペダルだけを注文すると送料取られるんで、送料無料化ライン分、必要(そう)なものを発注。
こちらもスムースに到着。
いずれ夜も走る事があるだろうから、前後のライトだ。フレームのベースカラーに合わせて白。
ブレーキパーツの赤に習って、差し色となる赤のボトルケージ。
今風の鋭角イケイケなものより優しいクラシックなデザイン。
手のひら部分にゲルをあしらった、衝撃吸収グローブ。ここにも赤。
スタンド式も買ったけど、出先での応急用にも必要か、と、ちっちゃいポンプ。チューブとパンクリペアセット、携帯用タイヤ交換工具は国内調達済み。
こ、これは?エース用ではなくって、折りたたみ号のサドルが毎日巨漢を乗せて、風雨にもさらされ、さすがに見苦しくなっていたので、その交換用。
雨がしみ込まないことを祈る。
ペダルはフラットにもなるタイプ。サンダルでコルナゴ、てのはどうかと思うが、
ちょっと出先で買い物、てのはイメージできるので、ガチャガチャ足音立てることなく歩けるように一応両刀使い仕様とした。
ここにも赤が欲しかったのでTIME Allroad Gripper Plus。さっそくフラット部分をスペアの赤と交換しました。
送料ゼロ化に貢献したシューズ。初ディアドラです。そのうち慣れた頃にちゃんと「走り」を楽しめるよう、安くなってたのをゲットしておきました。
わが大足サイズも海外だと潤沢だしね。
ここにも白地に赤の配色を。
で。赤を生かすならタイヤにも差してみるか?との思いでこれを発注。よくよく考えると2本必要なのに、あまり熟慮せず1本の発注しかしてなかった。
もう1本を買うために、また送料ゼロ化計画を推進せねばならず、何が必要か毎日悶々とするはめに。
まあもっとも、いつものように物欲さらけ出してるだけの事ですから何ら生活が変わったとか言う所もないんですがね。今のところ。
2010年9月3日金曜日
どうなることかはこれからだ。
BMCマシンの入手可能性が限りなく低い事に薄々と気づきながら、
意外や憧れのハートマークがリーズナブルに買えそうだ、ということで、
ここのところ、エントリーモデルという感じだがAVANTに可能性を見いだしてたんですよ。

と、これはいつもの通り、画面上でイギリス辺りの通販サイト数社を見比べての話です。
フレームとコンポーネンツを輸入したところで、自分で組み上げる技術も疑わしいが、
それより何と何をそろえてどことどこのサイズを合わせるべきかとか、
チンプンカンプンなのに無理だろうから、せめて完成車にしておくべきだ。
というのが今回の結論ではあるけれども、もっとも初っ端の前提が「輸入する」と言うことである、
そこのリスクを何とも思ってないのは、クルマのパーツを筆頭に、
変に個人輸入慣れしてる自分だからしょーがないんです。
それで、ほぼAVANT、それも赤黒でアテナ仕様とか確定させつつあったとき、
いくら日本で買うよりかなり安いとはいえ、その半額ぐらいのもので何とか自分を納得させられないか、
と、10万円台で買えそうなCAAD9みたいなのを探していたら。
むっちゃ割引率の高いコルナゴマシンがいきなり目の前に飛び出してきたのです。
ていうか、日本での希望小売価格の半額ですよ。

メーカー内序列的にはAVANTと似てるところもあるフルカーボンフレームで、
スローピングなのがちょっと残念だけど、日本でも評判は良さげ。
ホイールはカムシンで見た目はグー。
自転車屋のサイトを漁り続けてもう何年になるだろう。
「びっくり超特価」とか「価格はとても表示できません。問い合わせを」とか
書いてあるのを真に受けて問い合わせるとせいぜい定価の2割引程度の話である事に
がっかりする事もあったなあ。自転車販売業界的にはもう大変な値引きなんだろうが、
市場経済のもと、いまどきの小売で2割引とかでは競争にもならんのじゃないのか、
と、ずっと思っていた。
でもね、ただ売るだけじゃなく、その後のメンテナンスとかも含めて考えれば、
ただただ安く売るだけが目的じゃないことも、安く買えるから必ずしも得するけでもないことも
分かってはきたんですけどね。
でも海外ブランドのものなら現地あるいはその周辺国で調達するのが、
やっぱり上手な買い方だという観念からも抜けきれない訳です。
ハワイで買うアバクロはすっかり日本人向けの価格設定で、現地調達にも何にもならない、
というような例もありますがね。
(ハワイの話はまた別途。)
それで、昨今、自転車、とくにパーツ関連なら海外サイトから購入、というのが、
割とポピュラーな流れになってきてるんだと思います。
そこそこのメンテナンス技術も自分で部品交換するなどして覚える面もある。
そしたらその横で完成車も販売してるんだもん。値段見ちゃうよね。
コルナゴエース、ヴェローチェですよ。10万円台ですよ。
2011年モデルは105仕様というけど、イタ車にはイタモノで良いんじゃない?
それこそ、気に入らなければ自分で替えますから。
訳ありとしか思えない値段になってるけど、どう考えても安い。
どの国のどのサイトよりも安い。これをやめて国内でCAAD9買う方が賢いか?
それよりホントに届くんだろか。10月に間に合うだろか。
もうどうなっても知らんが、とりあえず行っときました。
動きが出ればまた経過報告しましょう。
その前にペダルとか買っとかなきゃ。
意外や憧れのハートマークがリーズナブルに買えそうだ、ということで、
ここのところ、エントリーモデルという感じだがAVANTに可能性を見いだしてたんですよ。
と、これはいつもの通り、画面上でイギリス辺りの通販サイト数社を見比べての話です。
フレームとコンポーネンツを輸入したところで、自分で組み上げる技術も疑わしいが、
それより何と何をそろえてどことどこのサイズを合わせるべきかとか、
チンプンカンプンなのに無理だろうから、せめて完成車にしておくべきだ。
というのが今回の結論ではあるけれども、もっとも初っ端の前提が「輸入する」と言うことである、
そこのリスクを何とも思ってないのは、クルマのパーツを筆頭に、
変に個人輸入慣れしてる自分だからしょーがないんです。
それで、ほぼAVANT、それも赤黒でアテナ仕様とか確定させつつあったとき、
いくら日本で買うよりかなり安いとはいえ、その半額ぐらいのもので何とか自分を納得させられないか、
と、10万円台で買えそうなCAAD9みたいなのを探していたら。
むっちゃ割引率の高いコルナゴマシンがいきなり目の前に飛び出してきたのです。
ていうか、日本での希望小売価格の半額ですよ。
メーカー内序列的にはAVANTと似てるところもあるフルカーボンフレームで、
スローピングなのがちょっと残念だけど、日本でも評判は良さげ。
ホイールはカムシンで見た目はグー。
自転車屋のサイトを漁り続けてもう何年になるだろう。
「びっくり超特価」とか「価格はとても表示できません。問い合わせを」とか
書いてあるのを真に受けて問い合わせるとせいぜい定価の2割引程度の話である事に
がっかりする事もあったなあ。自転車販売業界的にはもう大変な値引きなんだろうが、
市場経済のもと、いまどきの小売で2割引とかでは競争にもならんのじゃないのか、
と、ずっと思っていた。
でもね、ただ売るだけじゃなく、その後のメンテナンスとかも含めて考えれば、
ただただ安く売るだけが目的じゃないことも、安く買えるから必ずしも得するけでもないことも
分かってはきたんですけどね。
でも海外ブランドのものなら現地あるいはその周辺国で調達するのが、
やっぱり上手な買い方だという観念からも抜けきれない訳です。
ハワイで買うアバクロはすっかり日本人向けの価格設定で、現地調達にも何にもならない、
というような例もありますがね。
(ハワイの話はまた別途。)
それで、昨今、自転車、とくにパーツ関連なら海外サイトから購入、というのが、
割とポピュラーな流れになってきてるんだと思います。
そこそこのメンテナンス技術も自分で部品交換するなどして覚える面もある。
そしたらその横で完成車も販売してるんだもん。値段見ちゃうよね。
コルナゴエース、ヴェローチェですよ。10万円台ですよ。
2011年モデルは105仕様というけど、イタ車にはイタモノで良いんじゃない?
それこそ、気に入らなければ自分で替えますから。
訳ありとしか思えない値段になってるけど、どう考えても安い。
どの国のどのサイトよりも安い。これをやめて国内でCAAD9買う方が賢いか?
それよりホントに届くんだろか。10月に間に合うだろか。
もうどうなっても知らんが、とりあえず行っときました。
動きが出ればまた経過報告しましょう。
その前にペダルとか買っとかなきゃ。
2010年7月14日水曜日
登録:
投稿 (Atom)